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餃子のタレ
餃子のタレにポン酢を少し加え、これで餃子を食べるとかなりウマイ!!
あなたはバカになれますか?
『クイズ!ヘキサゴン2』の出演者には、おバカだと言われている人達がいます。
主に、つるの剛士・里田まい・野久保直樹・スザンヌ・上地雄輔・木下優樹菜、等々。
彼らが本当におバカなのか、あるいは作られたキャラなのかはさておき、彼らと共演する他のタレントの方は気を付けた方が良いです。
下手をすると、自分の馬鹿さ加減も晒してしまいますよ(・ω・)
島田紳助さんなどは、心理的に深い所を突くツッコミをするので、なるほどなと思うこともあるのですが、くりぃむしちゅーの上田晋也さんなどは、言葉の揚げ足を取ることしかできず、ただイジメてるようにしか見えないし、笑えるはずもありません。
上に挙げた6名はともかく、ツッコミを入れる方も、バカだなぁと思わされます。
『マーフィーの法則』って、ひと昔前に流行りましたよね。
「食パンを落としたとき、マーガリンを塗った面を下にして落ちる確率は、カーペットの値段に比例する」
とか、
「洗車をすると雨が降る」
等々。
あれに丁度良いのがありました。
「馬鹿と言い争いをしてはいけない。はたから見れば、どちらが馬鹿かわからない」
要するに、よっぽど上手くやらないと、自分までおバカだと思われてしまいますよ。
ってことです。
人を評価する時は慎重になろう。
評価する人も、同時に評価されているということをお忘れなく。
人に注意する時は、その前にもう一度よく考えてみよう。
本当に注意する必要があるのか。
注意する前に、何かやることはありませんか?
人を叱る時は、感情的になる前に冷静になろう。
論理的に考えて、叱る必要がなければ、叱るべきではありません。
反省を促すどころか、反感をかってしまいますよ。
私は、仕事中あまり人に注意しません。
教えれば済むことが多いからです。
例えば理解力の乏しい人にものを教える時、そういう時に、人はその能力を問われます。
本当に頭の良い人は、相手のレベルに合わせることができるのです。
とはいっても、冒頭に挙げたツッコミの人みたいに、揚げ足をとるだけとか、相手をただバカにするだけの人は別ですよ。
天才にもなれるし、バカにもなれる。
『天才』と『バカ』という両極の間で、揺れ動く振り子のように、自由に行ったり来たりできるのです。
と言うと、では天才とは何か? とか、バカとはなんぞや、ってな話になりそうなんで、それはまぁ置いときましょう。
とりあえず、当てはまりそうなことわざは……
『大は小を兼ねる』
かな?
主に、つるの剛士・里田まい・野久保直樹・スザンヌ・上地雄輔・木下優樹菜、等々。
彼らが本当におバカなのか、あるいは作られたキャラなのかはさておき、彼らと共演する他のタレントの方は気を付けた方が良いです。
下手をすると、自分の馬鹿さ加減も晒してしまいますよ(・ω・)
島田紳助さんなどは、心理的に深い所を突くツッコミをするので、なるほどなと思うこともあるのですが、くりぃむしちゅーの上田晋也さんなどは、言葉の揚げ足を取ることしかできず、ただイジメてるようにしか見えないし、笑えるはずもありません。
上に挙げた6名はともかく、ツッコミを入れる方も、バカだなぁと思わされます。
『マーフィーの法則』って、ひと昔前に流行りましたよね。
「食パンを落としたとき、マーガリンを塗った面を下にして落ちる確率は、カーペットの値段に比例する」
とか、
「洗車をすると雨が降る」
等々。
あれに丁度良いのがありました。
「馬鹿と言い争いをしてはいけない。はたから見れば、どちらが馬鹿かわからない」
要するに、よっぽど上手くやらないと、自分までおバカだと思われてしまいますよ。
ってことです。
人を評価する時は慎重になろう。
評価する人も、同時に評価されているということをお忘れなく。
人に注意する時は、その前にもう一度よく考えてみよう。
本当に注意する必要があるのか。
注意する前に、何かやることはありませんか?
人を叱る時は、感情的になる前に冷静になろう。
論理的に考えて、叱る必要がなければ、叱るべきではありません。
反省を促すどころか、反感をかってしまいますよ。
私は、仕事中あまり人に注意しません。
教えれば済むことが多いからです。
例えば理解力の乏しい人にものを教える時、そういう時に、人はその能力を問われます。
本当に頭の良い人は、相手のレベルに合わせることができるのです。
とはいっても、冒頭に挙げたツッコミの人みたいに、揚げ足をとるだけとか、相手をただバカにするだけの人は別ですよ。
天才にもなれるし、バカにもなれる。
『天才』と『バカ』という両極の間で、揺れ動く振り子のように、自由に行ったり来たりできるのです。
と言うと、では天才とは何か? とか、バカとはなんぞや、ってな話になりそうなんで、それはまぁ置いときましょう。
とりあえず、当てはまりそうなことわざは……
『大は小を兼ねる』
かな?
成功者の一員に
良い言葉を見付けたのでご紹介。
『一人では何も出来ぬ
だが、まず誰かがはじめなければならぬ』
岸田國士
岸田國士って人は、作家ですね。
女優の岸田今日子さんのお父さんです。
このプロジェクトにぴったりな言葉だと思いました。
まず誰かがはじめなければならない。
その『誰か』ってのは、私かもしれないし、他の誰かかもしれません。
正直言うと、私がやらなくても誰かがやるだろうという思いは少しあります。
業界が、すでにその流れを見せているからです。
でも私は、その『誰か』のうちの一人になりたいのです。
頑張って成功させたいと思います。
『一人では何も出来ぬ
だが、まず誰かがはじめなければならぬ』
岸田國士
岸田國士って人は、作家ですね。
女優の岸田今日子さんのお父さんです。
このプロジェクトにぴったりな言葉だと思いました。
まず誰かがはじめなければならない。
その『誰か』ってのは、私かもしれないし、他の誰かかもしれません。
正直言うと、私がやらなくても誰かがやるだろうという思いは少しあります。
業界が、すでにその流れを見せているからです。
でも私は、その『誰か』のうちの一人になりたいのです。
頑張って成功させたいと思います。
『テレビ vs インターネット』戦争
テレビを見ている人間は、(不謹慎な例えだが)植物人間の状態に近い。
やることと言えば、チャンネルを替えるくらいで、ユーザーの姿勢は受動的だ。
インターネットはどうか。
キーボードを打つために両手を動かす。あるいはリンクだけを辿ってネットサーフィンをする場合でも、
最低限マウスは動かさなければならないから、やはり手を頻繁に動かす。
また、目的のページに辿り着く為の手段を考えるし、検索するときには、効果的なキーワードを考えるから、脳は思考を繰り返す。
コンピュータは、こちらが黙っていては何もしてくれないのだ。
リターンが欲しければ、こちらから何らかのアクションを起こさなければならない。
したがって、ユーザーの姿勢は能動的、かつ積極的だ。
上記を踏まえて、この記事を読んでみてほしい。ちょっと古いが。
「ネットで頭がバカになる!」 テリー伊藤の主張を「否決」
http://www.j-cast.com/2008/03/10017647.html
私はOAを見ていないので詳しくはわからない。
おそらく、テリー伊藤さんは本気でこんなことを考えているわけではあるまい。
テレビ的な演出か、番組企画の一環として、わざとこういう内容で収録したのだろうと思う。
あまりにも馬鹿げているからだ。
>「ネットがあることで、子供の学ぶ意欲が低下している」
と言った中学教師がいるようだ。
子供たち自身の口からこの言葉が出るのなら、まだ納得できる。
しかし教師や親がこれを言ってはいけない。
学ぶ意義をきちんと子供たちに説明し、意欲を低下させないようにすることが、教師や親の役目ではないか。
難しい数学の公式が、将来何の役に立つ?
こんなことは、インターネットが普及するよりずっと以前から散々言われてきたはずだ。
ただ公式を暗記しろと言うだけではダメなのだ。
それを通して、論理的なものの考え方を身に付ければ、将来就職した時にきっと役に立つ。
どんな仕事でも、それが必要になる場面はいくらでもある。
それはTVゲームと同じだ。どのアイテムを捨て、どのアイテムを使えば効果的か。どんな行動が、このモンスターを倒す為に効率的か。
それと同じことなんだと説明してあげなきゃいけない。
ただネットのせいにするだけなら誰にだってできる。
それなら、漫画やゲームだってダメだろう。テレビだって当然ダメだ。
すべての娯楽を禁止にして、勉強だけをしていなさいと子供に言ったとき、こう言い返されたら、あなたはなんと答える?
「お父さんがやってるゴルフはどうなの?」
まさか、接待の為に必要だなどと、恥ずかしくて言えまい。
話がズレてきたので元に戻す。
>政治コメンテーターの金美齢さんは、
>「ネットにのめりこむ社会の共通点は、人間がどんどん小粒になっていること」
>と発言。内向的な人間が増えているばかりか、何かあったらパソコンの電源を切り「リセット」する、というネットの性質が人間に悪影響を与える、と断じた。
人間が小粒になる、というのは抽象的だし根拠がないので何とも言えない。
テレビの放映時間に縛られている人間は、小粒ではないのか。
テレビが作り出した”流行”に流されて、自分なりのものを何も持っていない人間は、小粒ではないのか。
「リセット」する、とはゲームのことだろうか?
このコメンテーターはなにか勘違いをしているようだ。
Webは、端末をリセットしようがしまいが存在し続けている。Webをリセットすることなどできない。
>日本人に一番欠けているのは「想像力」「妄想力」で、これこそを養うべきだと強調した。理由としては、テレビ番組の企画や企業の企画書を見ると、どれもみな内容が似通ったものばかりだからだそうだ。
>「みんなインターネットから引っぱってきて、映像を持ってきて、全部インターネットのパクリなんですよ。インターネットと違うところで文化は生まれてくる」
日本人に欠けているのは「想像力」ではない。「創造力」だ。
テレビ番組の企画が似通ったものばかりなのは、それを作る担当の人間の能力が至らないからであって、インターネットのせいにするのはお門違いである。
インターネットをパクる人間を叩けばいい。それが筋というものだろう。
>「時代が、ついてきていないですね」
これは何かの言い間違いだろうか?
「時代についていけない」と言いたかったのでは?
まあ、この番組の内容は冗談半分で受け取ったので、私もわざと反論してみた。
やることと言えば、チャンネルを替えるくらいで、ユーザーの姿勢は受動的だ。
インターネットはどうか。
キーボードを打つために両手を動かす。あるいはリンクだけを辿ってネットサーフィンをする場合でも、
最低限マウスは動かさなければならないから、やはり手を頻繁に動かす。
また、目的のページに辿り着く為の手段を考えるし、検索するときには、効果的なキーワードを考えるから、脳は思考を繰り返す。
コンピュータは、こちらが黙っていては何もしてくれないのだ。
リターンが欲しければ、こちらから何らかのアクションを起こさなければならない。
したがって、ユーザーの姿勢は能動的、かつ積極的だ。
上記を踏まえて、この記事を読んでみてほしい。ちょっと古いが。
「ネットで頭がバカになる!」 テリー伊藤の主張を「否決」
http://www.j-cast.com/2008/03/10017647.html
私はOAを見ていないので詳しくはわからない。
おそらく、テリー伊藤さんは本気でこんなことを考えているわけではあるまい。
テレビ的な演出か、番組企画の一環として、わざとこういう内容で収録したのだろうと思う。
あまりにも馬鹿げているからだ。
>「ネットがあることで、子供の学ぶ意欲が低下している」
と言った中学教師がいるようだ。
子供たち自身の口からこの言葉が出るのなら、まだ納得できる。
しかし教師や親がこれを言ってはいけない。
学ぶ意義をきちんと子供たちに説明し、意欲を低下させないようにすることが、教師や親の役目ではないか。
難しい数学の公式が、将来何の役に立つ?
こんなことは、インターネットが普及するよりずっと以前から散々言われてきたはずだ。
ただ公式を暗記しろと言うだけではダメなのだ。
それを通して、論理的なものの考え方を身に付ければ、将来就職した時にきっと役に立つ。
どんな仕事でも、それが必要になる場面はいくらでもある。
それはTVゲームと同じだ。どのアイテムを捨て、どのアイテムを使えば効果的か。どんな行動が、このモンスターを倒す為に効率的か。
それと同じことなんだと説明してあげなきゃいけない。
ただネットのせいにするだけなら誰にだってできる。
それなら、漫画やゲームだってダメだろう。テレビだって当然ダメだ。
すべての娯楽を禁止にして、勉強だけをしていなさいと子供に言ったとき、こう言い返されたら、あなたはなんと答える?
「お父さんがやってるゴルフはどうなの?」
まさか、接待の為に必要だなどと、恥ずかしくて言えまい。
話がズレてきたので元に戻す。
>政治コメンテーターの金美齢さんは、
>「ネットにのめりこむ社会の共通点は、人間がどんどん小粒になっていること」
>と発言。内向的な人間が増えているばかりか、何かあったらパソコンの電源を切り「リセット」する、というネットの性質が人間に悪影響を与える、と断じた。
人間が小粒になる、というのは抽象的だし根拠がないので何とも言えない。
テレビの放映時間に縛られている人間は、小粒ではないのか。
テレビが作り出した”流行”に流されて、自分なりのものを何も持っていない人間は、小粒ではないのか。
「リセット」する、とはゲームのことだろうか?
このコメンテーターはなにか勘違いをしているようだ。
Webは、端末をリセットしようがしまいが存在し続けている。Webをリセットすることなどできない。
>日本人に一番欠けているのは「想像力」「妄想力」で、これこそを養うべきだと強調した。理由としては、テレビ番組の企画や企業の企画書を見ると、どれもみな内容が似通ったものばかりだからだそうだ。
>「みんなインターネットから引っぱってきて、映像を持ってきて、全部インターネットのパクリなんですよ。インターネットと違うところで文化は生まれてくる」
日本人に欠けているのは「想像力」ではない。「創造力」だ。
テレビ番組の企画が似通ったものばかりなのは、それを作る担当の人間の能力が至らないからであって、インターネットのせいにするのはお門違いである。
インターネットをパクる人間を叩けばいい。それが筋というものだろう。
>「時代が、ついてきていないですね」
これは何かの言い間違いだろうか?
「時代についていけない」と言いたかったのでは?
まあ、この番組の内容は冗談半分で受け取ったので、私もわざと反論してみた。
日常に潜むユーザビリティ
会社に自動販売機があって、休憩時間にはいつもそこで缶コーヒーを買う。
そしてその隣にはゴミ箱があるので、飲み終わったコーヒーの空き缶は、当然そこに捨てる。
ところで、その自動販売機の隣に置いてあるゴミ箱は2つあって、1つには『あき缶』というラベルが貼ってあり、もう片方には『ペットボトル』というラベルが貼ってある。
これはゴミの分別をする為だ。
いつもは『あき缶』のゴミ箱は右に置いてあり、『ペットボトル』のゴミ箱は左側だ。
だから私は、いつも右側のゴミ箱に空き缶を捨てる。
ところが今日は違った。
2つのゴミ箱が、左右入れ替わっていたのだ。
休憩時間、私はいつものように缶コーヒーを買い、その後空き缶を捨てた。
『ペットボトル』のゴミ箱に。
毎日のように右側のゴミ箱に捨てていた私は、もはやラベルなど気にしていなかった。
習慣とは恐ろしいものである。
その時、なんとなくの違和感があってよく見てみると、空き缶を放り込んだのが実は『ペットボトル』のゴミ箱だったということに気付き、私は慌て蓋を開け、これを回収して左側(『あき缶』)のゴミ箱に捨てた。
蓋を開けた時、ペットボトルに混じって空き缶も捨てられていたことに気付いて、ああ同じ間違いをしてしまった人が他にもいたんだなと思ったものだ。
え、その空き缶は回収したのかって?
なら言い訳をさせて欲しい。
休憩時間を、あと5分長くしてくれ!
とにかく、だ。人は習慣化されたことは半ば無意識で実行している。
これを変えるべきではない。
もちろん、変えることにメリットがあるのなら話は別だが。
ここまで読んでピンと来なかった方の為に、以下に例を挙げる。
Webサイトのテキストリンクは、文字の色が『青』だ。
そして訪問済みのリンクは『紫』に変わる。
そうでない文字色を使っているWebサイトもあるが、大抵はこのパターンを採用しており、常識と言っていいくらいである。
そしてこれは変えるべきではない。
もし、リンクの文字色が『紫』で、訪問済みのリンクが『青』に変わるようなWebサイトがあったとしたらどうだろう?
それまでの習慣とは逆だ。
リンクをクリックしてみたユーザーが、文字色の変化を見て「ああそういうことか」と理解してくれたのなら、それは運が良いと言わざるをえない。
大抵のユーザーは、初めて訪れたWebサイトなのに紫(訪問済み)のリンクばかりである現実を突き付けられて、居心地の悪い『違和感』を感じるからだ。
そしてそのまま、ユーザーは他のWebサイトへと去っていくだろう。
インターネットユーザーの利用回数が多いナビゲーションは、1位がブラウザの『戻る』ボタン。
2位がハイパーリンクである。
繰り返すが、この習慣に関するものに対して、変更の手を加えるべきではない。
そして、もう一つ見つめ直して欲しい現実。それは、
『ユーザーは、あなたのWebサイト以外の所で、多くの時間を過ごしている』だ。
そしてその隣にはゴミ箱があるので、飲み終わったコーヒーの空き缶は、当然そこに捨てる。
ところで、その自動販売機の隣に置いてあるゴミ箱は2つあって、1つには『あき缶』というラベルが貼ってあり、もう片方には『ペットボトル』というラベルが貼ってある。
これはゴミの分別をする為だ。
いつもは『あき缶』のゴミ箱は右に置いてあり、『ペットボトル』のゴミ箱は左側だ。
だから私は、いつも右側のゴミ箱に空き缶を捨てる。
ところが今日は違った。
2つのゴミ箱が、左右入れ替わっていたのだ。
休憩時間、私はいつものように缶コーヒーを買い、その後空き缶を捨てた。
『ペットボトル』のゴミ箱に。
毎日のように右側のゴミ箱に捨てていた私は、もはやラベルなど気にしていなかった。
習慣とは恐ろしいものである。
その時、なんとなくの違和感があってよく見てみると、空き缶を放り込んだのが実は『ペットボトル』のゴミ箱だったということに気付き、私は慌て蓋を開け、これを回収して左側(『あき缶』)のゴミ箱に捨てた。
蓋を開けた時、ペットボトルに混じって空き缶も捨てられていたことに気付いて、ああ同じ間違いをしてしまった人が他にもいたんだなと思ったものだ。
え、その空き缶は回収したのかって?
なら言い訳をさせて欲しい。
休憩時間を、あと5分長くしてくれ!
とにかく、だ。人は習慣化されたことは半ば無意識で実行している。
これを変えるべきではない。
もちろん、変えることにメリットがあるのなら話は別だが。
ここまで読んでピンと来なかった方の為に、以下に例を挙げる。
Webサイトのテキストリンクは、文字の色が『青』だ。
そして訪問済みのリンクは『紫』に変わる。
そうでない文字色を使っているWebサイトもあるが、大抵はこのパターンを採用しており、常識と言っていいくらいである。
そしてこれは変えるべきではない。
もし、リンクの文字色が『紫』で、訪問済みのリンクが『青』に変わるようなWebサイトがあったとしたらどうだろう?
それまでの習慣とは逆だ。
リンクをクリックしてみたユーザーが、文字色の変化を見て「ああそういうことか」と理解してくれたのなら、それは運が良いと言わざるをえない。
大抵のユーザーは、初めて訪れたWebサイトなのに紫(訪問済み)のリンクばかりである現実を突き付けられて、居心地の悪い『違和感』を感じるからだ。
そしてそのまま、ユーザーは他のWebサイトへと去っていくだろう。
インターネットユーザーの利用回数が多いナビゲーションは、1位がブラウザの『戻る』ボタン。
2位がハイパーリンクである。
繰り返すが、この習慣に関するものに対して、変更の手を加えるべきではない。
そして、もう一つ見つめ直して欲しい現実。それは、
『ユーザーは、あなたのWebサイト以外の所で、多くの時間を過ごしている』だ。


